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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1216号 判決 1967年9月18日

控訴人(原告)

財団法人日本文化住宅協会

代理人

本間喜一

(外五名)

被控訴人(被告)

指定代理人

青木義人

(外三名)

代理人

仁科哲

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、控訴人から金七、九六八万三、一四三円の支払を受けると引換えに、別紙目録記載の土地および建物につき昭和二五年一一月八日附売買による所有権移転の登記手続をなすべし。

訴訟の続費用は被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。(控訴人は、原審および当審において、主文同旨の申立にあわせて被控訴人に対し、主文掲記の金員の受領と引換えに別紙目録記載の土地および建物を控訴人に引渡すべし、との判決を求め、若し以上の請求が認容されないとき予備的に「被控訴人は、控訴人に対し金一、七七一万三、〇〇〇円およびこれに対する昭和三一年三月一日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし、との判決を求めたが、差戻後の当審において右物件引渡を求める部分および予備的請求にかかる部分の訴を取下げ、被控訴人においてこれに異議を述べない)。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係<省略>

理由

一別紙目録記載の土地、建物(本件土地、建物)はもと中島飛行機株式会社武蔵野製作所の工場およびその敷地で、終戦後まもなく訴外富士産業株式会社から大蔵省に物納され、国有財産たる普通財産となつたものであること、控訴人は昭和二五年一一月八日被控訴人の機関たる関東財務局長との間に国有財産である右土地、建物につき別紙甲第一号証の契約書(写)記載のとおりの売払契約を締結したこと、控訴人は昭和二七年二月七日帝国銀行(現在三井銀行)本店国庫代理店に右売買代金のうち約定の第一回分納金一、九六八万三、一四三円および延滞利子金五万七、六九八円を納入したところ関係財務局は右売払契約は既に解除されたものとしてその受入を拒否し、同金員を控訴人に返戻したことは当事者間に争いがない。

しかして、右争いのない事実に、<証拠>および本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、控訴人は被控訴人から右売払契約にもとずく第一回分納金一、九六八万三、一四三円につき納入告知書をもつて納入期日を昭和二六年二月二〇日と指定する旨の納入告知を受けたが、右期日までにこれを納付することができず、さらに第二回の分納金一、〇〇〇万円についても約定の納入期日たる同年三月三一日にその支払をすることができず、かくて右第一、二回分納金のいずれも支払をしないで経過したこと、そうして関東財務局は昭和二六年一〇月一八日附書面で控訴人に対し支払期限を同年一〇月二六日と定めて右各分納金の支払を催告するとともに右期限に支払のないときは契約を解除する旨通知したが、控訴人の申請により同年一〇月二九日附書面をもつて右支払期限を同年一一月七日まで延長することを認めるとともにもし同期限にも支払のないときは前記契約を解除する旨の意思表示をし、そのころこれが控訴人に到達したところ、これに対してさらに控訴人の申請があつたため関東財務局において右支払期限を同年一二月二〇日まで延期する旨を承認したこと、しかるにそれより以前控訴人は事務所々在地の中央区銀座八丁目三番地から事実上移転していたため右書面は昭和二七年一月八日同財務局に返戻されたこと、そうして関東財務局は、控訴人協会理事長岩沢忠恭が当時参議院議員であつたところから同月一〇日参議院議員会館内の岩沢の事務所にあて右書面を再度郵送したところ同書面は翌一一日同会館受付係に配達され、そのころ同係から同会館庶務係を経て岩沢の議員秘書赤尾勇がこれを受領したこと、ところが岩沢はそのころ地方遊説中で在京しなかつたため控訴人の仮事務所たる理事山沢真竜にあてて開封されずに転送され、同年二月八日にいたりようやく岩沢その他の控訴人理事らにおいて右契約解除書の内容を現実に了知したこと、以上の事実を認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。

二控訴人は右売払契約は控訴人において第一回分納金を納入すれば直ちに本件土地、建物を現実にその支配のもとに置き右建物内にある賠償機械を他に移転して申請の目的にしたがつてこれを使用するため工事に着手することができることを前提として締結されたものであるのに右契約解除当時かような前提がそなわらず、したがつてこの段階においてはまだ控訴人に契約不履行があるものとし得ないから被控訴人は同契約条項第九条にもとずいて契約解除をすることができないと主張するので、この点につき検討する。

(一)  本件売払申請書添付の<証拠>をあわせれば、控訴人協会は終戦後の極度の住宅難にかんがみ、旧中島飛行機株式会社武蔵野工場が前記のように物納されて国有財産となつていることに着目し、これを改造して戸数約一、二〇〇戸、人員約六、〇〇〇人を収容する耐震耐火の一大集合住宅を実現しようとの意図のもとに、昭和二五年七月設立せられた財団法人であることが認められ、右意図に対応するものとして、本件土地、建物を利用改造することにより右のような集合住宅を建設することが本件売払申請における「申請の目的」にほかならぬのであつて、このことは別紙甲第一号証契約書(写)第八条と右払下理由書、設立趣意書の各記載を照合して明らかである。しかして、<証拠>によれば、本件売払契約締結から本件建物(六棟をもつて形成されていた)の各棟内部にそれぞれ旧中島飛行機株式会社において使用していた機械が存在し、これを合計すれば総台数四、〇二八台に達するが、これらの機械がすべて賠償機械として指定され、これら賠償機械を蔵する本件土地、建物の全体が賠償指定施設とせられていたことを認めることができるのであるから、控訴人が本件建物の改造工事に着手しようとするにはまずもつて本件建物内に充満している右賠償機械を搬出、移動して本件建物をその支配下に置くことを要することはいうまでもないところである。そうして、すでに本件契約締結前控訴人協会の理事らにおいても、また被控訴人側で本件物件の売払いを担当した関東財務局長井上義海、同局管財部長有保昇、同業務課長小田拓三らにおいても正確な台数はともかくとして、本件建物内に多数の賠償機械が存在することを認識していたことは、<証拠>によりこれをうかがうに十分であるから、契約当事者、殊に買主たる控訴人にとつて右賠償機械に対する処置、すなわちその撤去、移動の能否、これが可能であるとしてどのような手続を経てなんぴとがこれをなし得るか、それに要する日時、経費いかん等々の事項は前記申請の目的達成のうえにおいて重大な関心事たらざるを得ないはずである。

(二)  しかるに、別紙のとおりの甲第一号証の契約書の各条項についてみると直接に右賠償機械の移動そのものに関して契約条項第四条が第一回分納金の納付されたときをもつて売払物件を控訴人に完全に引渡したものとし、これを受けて第八条が右物件の引受を受けた日から申請の目的にしたがつてこれを使用する、と約定しているが、これらの各条項は国有普通財産売払の契約において通常定めるところにしたがつたものと解せられることはともかく、その各条項にあらわれたところはあくまでも本件土地、建物の引渡とその使用に関するものであり、特にその引渡はなんらかくべつの手続を用いず現状のまま引渡すというにあつて、賠償機械の撤去、移動に関する定めを置いたものでないことは明白である。かえつて契約条項第一一条によれば賠償機械の管理保全は関東財務局および現管理人(後述のように富士産業株式会社)と協議して万全を期し機械の移転その他については控訴人の負担とすべきものと約定しているところ、第一回分納金の支払とともになされるべき本件土地建物の引渡の以前には控訴人が本件建物内の賠償機械そのものの占有に関係することがあり得ないことを考えると、右第一一条の前段は控訴人が第一回分納金を支払うことにより本件物件の引渡を受けた後においても、賠償機械撤去までは本件建物内に、また少くとも本件建物から右機械を本件土地上に搬出したときは本件土地上に、これら機械がなお存在することのあるべきことを予想して約定されたものであり、その後段は機械の移動に関する事実上の行為は、単に費用の負担にとどまらずそのすべてを控訴人においてまかない、取り行うものと約定したとみるのが右条項の文言に適合し、自然である。もつとも、<証拠>中には右第一一条の条項は控訴人をして本件物件内の立入を容易ならしめるためのものであつたとの部分があるが、そのような意図を含むものとしてもそれだけの意義しかないとするのは当らず、むしろ<証拠>によれば、賠償機械の管理人たる富士産業株式会社の当該係員は当初控訴人の職員の立入を比較的容易に認めていたが本件契約の成立後はこれを厳しく制限したという事実を認めることができるのであつて、これに照らしてみると右<証拠>部分は未だ十分右契約の趣旨を示すものとすることができない。また右条項後段に関しては、機械の移動はもつぱら国が行い、ただその費用は控訴人の負担とすることを定めたにすぎないという<証拠>も右条項の文理に反し採用することができない。

(三)  したがつて、甲第一号証の契約書の文面においてなんらか本件賠償機械の搬出、移動に関して定める事項は以上をもつて尽きるというべきところ、控訴人は売払契約書において触れるところがない約定は売払申請書およびその添付書類の記載を参照して補充されるべきであると主張するので、この点につき判断を進める。およそ契約書に記載された約定でその趣旨不分明な事項ないし契約書にその記載の欠缺がある事項については、たんに記載の文言上不分明のものは合意があいまいであるとし、記載のないものは約定がなかつたものと速断すべきではなく、場合によつては、契約書以外の証書その他関係人の供述はもちろん契約締結にいたるまでの事情等いつさいの状況を参酌して当事者の合理的意思を探究してその趣旨を分明ならしめ、あるいはその空白を補充することの許さるべきことはいうをまたないところである。しかし本件において売払申請書およびその添付書類<証拠>記載のすべての事項にわたり当然にこれが契約書を補充して語の厳格な意味において契約の内容となつたものと解し得るであろうか。

弁論の全趣旨によれば、本件売払契約は会計法第二九条の三第五項、予算決算および会計令第九九条第二一号に該当するものとして被控訴人は本件物件の売払を競争入札に付することなく、控訴人との間の随意契約によつたことが認められるところ、国有普通財産の売払において随意契約による場合は<証拠>の普通財産取扱規程(昭和二四年大蔵省訓令特第七号)にみられるように所管の財務部長は売払物件の利用計画または事業計画、売払代金納付の方法並びに延納の特約をしようとする場合は延納期間、担保、利率および一時支払うことを困難とする理由、売払に附帯して条件を定める場合はその条件を記載した申請書に相手方の売払申請書写を添附(ほかに評価調書、図面、その他の関係書類の添付を要するが)して大蔵大臣に送付し、その承認を受けなければならない(上掲取扱規程第一〇条、第一一条)とされ、<証拠>の売払申請書およびその他の添付書類が随意契約による場合普通財産取扱規程の右規定上大蔵大臣の承認を受けるにつき添付を要する利用計画、事業計画、代金の納付方法並に延納を求める理由書、担保提供書等に該当することは一見して明らかであつて、これらの添付書類は大蔵大臣が本件随意契約によることの可否を決するについてその判断資料に供することを第一次的目的として所成、提出されたものというべきであつて、これらが本件契約のされるにいたつた経緯ないしその背景を説明するについて有力な資料たることは明らかであつても、しよせんその趣旨以上に出るものではないといわなければならない。これらの書類が控訴人においてまず作成され、関東財務局の担当係官が承認を与えるという順序をふんだものであるとしても、同書類の有する本来の性格が右のようなものであることには変りがない。

控訴人は本件契約条項第六条所定の分納金のうち第三、第四回の各分納金二、五〇〇万円の支払は本件建物の改造工事完成後設備されることのあるべき店舗の寄附金をもつてあてられることとされていたから第一回分納金の納付と同時に本件物件の引渡を受けた後直ちに改造工事に着手するのでなければ寄附金取得の計画がくずれ、したがつて第三回、第四回の分納金も約定どおり支払うことができない事態に立ちいたるという点を強調するのであるが、なるほど<証拠>によれば、昭和二六年一〇月までに浴場、診療所、倉庫等の共同附属施設を利用する業者からの寄附金二、五八四万八、〇〇〇円を予定し、これをもつて昭和二七年三月三一日支払約定の第三回分納金にあて、昭和二七年七月までに売店、飲食店、倉庫等の附帯施設を利用する業者からの寄附金、二、六九七万二、〇〇〇円を予定し、これをもつて昭和二八年三月三一日支払約定の第四回分納金の支払にあてる計画であつたことが認められるから、もし工事着工が遅延するとすれば施設の開業も遅れ、したがつて寄附金取得の時期もずれ、第三、第四回各分納金の支払も、財源をこれら寄附金に求める限り遅滞に陥らざるを得ない道理であること、控訴人主張のとおりである。しかし他面売主たる被控訴人にとつては国有普通財産の売払を決するにあたり申請者たる控訴人がその代金殊に分納金支払の財源をなにに求めるか、すなわちこれを寄附金によるか、銀行借入金または自己資金によるかは(もつとも控訴人に自己資金がほとんど存在しないことは後述する)、もつぱら申請者に確実な財源があり、代金の支払が確保されると予測し得るかどうかについての事情たるの意味をもつものであり、これによつて前記随意契約によること可否を決する判断資料とされるにとどまるものであつて、それ以上に申請者の財源のいかんによつて売主たる被控訴人が影響を受け、これに拘束されるべき固有の利益も必要もないと解せられるところであるから、この点を特に契約書上表示しない限りは控訴人が財源を右寄附金に依存するとしたことはこれをもつて当事者双方を拘束する如き趣旨において本件売払契約の内容にとり入れられたものと解すべきではない。しかも右寄附金の支払もはたして控訴人の計画どおり全額が予定の支払時期に完了するか否かは事の性質上なんびとにも保しがたいところであるからこれらをも含めてその一連の資金計画を承認して本件を随意契約によらしめたうえ延納を認めた被控訴人の措置は買主たる控訴人のため相当に便宜を供し、むしろ恩恵的色彩をすら看取せざるを得ず、それが本件売払の申請目的と相まつて本件契約に単なる通常の国有普通財産の売払と異なる印影を与えていることは否定し得ないけれども、そのことの故に前記事項が本件において占める趣旨を左右すべきものではない。

そうだとすれば、右寄附金に関する事項は控訴人の資金調達の方法を述べたにとどまつて、被控訴人がこれに立脚して本件売払を随意契約によることを承認したとしても、このこと自体により当然に本件売払契約上において控訴人が第一回分納金を支払うと同時に直ちに予定の改定工事に着手し得る状態で現実に本件物件を支配下に置くとの約定が織り込まれたものと解するによしなく、殊に関東財務局の本件売払決議書たる原本の存在並びに<証拠>には売払附帯条件として契約書案のとおりとの記載があるだけで、他に売払申請書およびその添付書類を引用する記載もないから、本件売払申請書およびその添付書類のその他の記載も語の厳格なる意義において本件売払契約の内容をなすものとみることができないことは明らかである。

三以上のように前記賠償機械の撤去、移動は控訴人が本件土地建物の現実の支配を得るうえに不可欠の前提であり、控訴人にとつて重大な関心事たらざるを得ないはずであるのに本件契約書上は前記第一一条においてわずかにこれに触れるほか直接これについて規定した条項はなく、控訴人主張の本件売払申請書の添付書類も、これをもつて右契約条項を補充する資料とすることができないとすれば、本件賠償機械の撤去、移動に関する事項は当然のこととして契約書に表示しなかつたのであろうか、あるいは反対に万一これが撤去不能の場合があつてもその危険は控訴人において負担するものとしてあえて本件売払契約を締結したものであろうか。以下、これにつき検討するに、<証拠>をあわせれば、控訴人協会の理事林、山沢らは本件売払契約締結前から本件建物内に賠償機械の存在することを十分に知つていたので関東財務局との売払契約について協議の段階で多数存在する右機械の移動の能否をたずねたところ関東財務局の契約担当係官たる業務課長小田拓三らから賠償機械はすぐ移動できる旨の説明があつたから林、山沢らにおいてこれを信じて深く追及することなく了承し、第一回分納金の支払期日についても右機械の撤去の所要日数をおうよそ三カ月とみて昭和二六年二月二〇日を支払期日とする納入告知書が右財務局から発せられたのであつた、しかるに本件売払契約の成立後判明したところでは事態は決して容易ではなく、特に本件物件内で賠償機械を管理する富士産業の当該係員は本件土地建物が民間団体たる控訴人に払下げられると知つてからその態度を一変して硬化し、控訴人協会の職員が本件建物内に出入するについてもその権限を厳格に行使しいちいち右会社係員の許可を要求し、控訴人が第一回分納金の融資を受けるため融資予定さきの銀行職員を本件建物内に案内するにも差支えるほどであつたため、これを関東財務局に訴え出たけれども同財務局もいかんともすることができず、林、山沢らにおいてやなむく賠償関係官庁たる東京都庁、外務省賠償課におもむき右事態の改善方を陳情したけれども、かような取扱いを受けるのは本件土地建物が賠償指定施設となつているためやむを得ない、もともと賠償機械が存在する建物の払下を受けるのがおかしい、とまで言われる始末で、何の解決も得られなかつたことを認めることができる。他方、<証拠>の工場事業場等の管理に関する件(昭和二一年二月二〇日商工、文部省令第一号)第一条によれば、主務大臣の指定する工場、事業場、研究所等の賠償指定施設を経営し、または権原にもとずきこれを占有する者はこれを良好な状態において管理すべき義務があり、右指定施設に属する機械、器具等は、特別の必要に依り地方長官の許可を受けた場合に限つて移動が許されるのであり、同第二条によれば右許可を申請せんとする者は移動先、移動先における管理の方法、移動を必要とする事由等を記載した申請書を地方長官に提出することを要するのであるが、さらに<証拠>をあわせると、地方長官は許可に際してさらに通産省賠償課を経て連合国最高司令部民間財産局(CPC)の許可を受けなければならないこととされていたことが認められる。かように特別の必要があるとして地方長官の許可を得るにも各種の審査を経由し、最終的には連合国最高司令部の意思により左右されるものであるところ、<証拠>をあわせれば、本件賠償機械は前記のとおりの数量にのぼるためこれを良好な状態において収納するに適合する施設は容易に他に求めがたく、本件土地建物の外に搬出することはもちろん、本件建物から移動して本件土地の一部に集結、保管することもほとんど不可能であり、前記許可は実際問題としてとうてい得られるべくもない状態にあつたことを認定することができる。

しからば、本件売払契約の当事者双方がその契約当時本件建物内の賠償機械が容易に移動し得ると判断したのは、事態を深く認識しなかつたことにより誤れる判断に陥つたものと評するほかはないが、ともかくもかような認識、判断に立脚したため本件契約において右賠償機械の搬出、移動の点の如きは契約書に掲げるまでもない事項としたものと認定すべく、したがつて賠償機械の搬出移動が容易であるとのことは控訴人において本件契約を締結するにいたる意思決定の誘因ないし動機となつたという意味で本件契約の実質的前提をなすとはいい得るであろうが、そのことはあげて後に判断すべき信義則の問題として考慮すべき一資料たるに止まり、当事者双方ともこれに直接法的効果を付与し、あるいは右前提がみたされない限り契約は発効しないものとする趣旨であつたとし、あるいは逆に右前提がみたされない場合でもその危険は一に控訴人の負担とすることを甘受する趣旨であつたとする如き意味において本件契約を締結したものではないと解さなければならない。<証拠>のうち本件機械の移動は国の責任においてなされるべく、もし移動ができないときは当然に代金の納入延期を承認する趣旨であり、このことは当然の事項として契約書に表示しなかつたという趣旨の供述は、これを契約自体の直接の内容とする趣旨に即する限り前に述べたところに照らして、同証人の主観的判断に偏するものというべくこれを採用することができない。

四かように本件契約においては控訴人の第一回分納金の支払と同時に本件土地建物内の本件賠償機械を他に搬出、移動し、控訴人が本件物件の現実の占有を取得し直ちに申請目的にしたがつて使用し得ることが語の厳密な意味において契約の前提であるとすることはできないから、この点を根拠として控訴人には契約に定めた解除の事由たる不履行がないとする控訴人の主張を採用し得ない。

五控訴人は、本件解除は信義誠実の原則に反すると主張する。よつて以下これについて検討する。

(一)  すでに前認定のとおり、本件契約において本件土地建物内に存する賠償機械の撤去は控訴人が契約目的にしたがつて本件土地建物を使用改造するについて重大な関心事であるべきところ、契約に際し、控訴人の関東財務局の契約担当官はその撤去は容易であるとの趣旨の説明をし、控訴人もまたこれを信じて売払契約に応じたのであるが、事実は予想に反してきわめて困難であり、特に後に認定する昭和二六年一〇月ごろようやく賠償解除の見とおしが得られるころにいたるまではその撤去、移動は事実上ほとんど不可能であつたから、あらかじめこのような事態を察知せず、これに処する用意を欠いたまま契約したについては、当事者双方ともにいわば過失があるというべきである。

しかして、<証拠>の本件売払申請書添付の控訴人の財産目録、<証拠>の担保納付申請書中代金を一時に支払うことが困難である理由の記載によれば、控訴人の基本財産は設立当時金一〇二万円(うち金一〇〇万円が定期預金)にすぎず、自己資金がないから本件売払代金のうち第一、二回各分納金は銀行借入金により、第三、四回各分納金は前記のような寄附金によりこれを支払うこととしていたことが認められ、<証拠>によれば関東財務局も右事情をすべて了承したうえ控訴人の本件売払申請に応じたことを認めることができるところ、<証拠>をあわせれば、控訴人は本件売払契約締結後第一回分納金の支払のため銀行融資を求めるべく千葉、富士、帝国の各銀行に融資を依頼し、銀行の融資係が本件物件の所在地につき調査するや本件物件が前記富士産業の厳重な管理のもとに置かれ、その搬出は容易でないことを知り、これら銀行はいずれも融資をためらい、ついでこれを拒絶するにいたり、そのため控訴人の資金調達は順次遅延し、ついには銀行融資の道が閉ざされたことを認めるに十分である。したがつて本件において当初契約に定めた代金の納期からすれば控訴人の支払遅延は相当長期にわたる観があるけれども、その事由の大半は賠償機械の存在に起因するものであつて、この事態を招いた縁由については売主たる被控訴人にも一半の責なしとせず、ひとり控訴人の代金の支払遅滞の非のみを責めるに急であることは当を得ないといわなければならない。被控訴人が当初約旨の期限より相当期間支払を待ち、さらに再度にわたつてその延期を認めたことは右事態に対応する被控訴人の態度を示すものとしてこれを評価するにやぶさかではないが、これによつて尽きるとするのはまだ十分ではない。

(二)  <証拠>に前認定の事実をあわせれば、控訴人は戦後の深刻な住宅難の緩和に奉仕することを目的として設立された財団法人であるが、その当初の計画では直接本件土地建物の売払を受けてこれを改造整備して一大庶民住宅にすることがほとんど唯一の目標であつて、むしろこれを目的として設立されたものとすらいい得るものであり、被控訴人もこれが当時急務であつた国の住宅政策にそうゆえんであるとして控訴人の事業目的に公益性を認めて随意契約により本件物件を控訴人に売払つたことが認められ、<証拠>をあわせれば、控訴人の理事の選任についても、もと建設次官参議院議員岩沢忠恭を理事長に置き、林、山沢の両理事のほかはいずれも建設、大蔵両省の出身者を理事にあてていたこと、その整備改造計画、完成後の賃貸料等についても実質上主務庁たる建設省の指導助言を得て国の規格に合致するようにつとめたことを認めることができるのであつて、かような理事選出の当否や官庁介入の是非はともかくとして、以上の事実を通じてみれば、被控訴人も本件売払をもつてたんなる物納財産の換価による国庫収入の確保のためにするにとどまらず、控訴人の事業目的を意義あるものと認めて本件売払契約当時においてはこれを積極的に助成する意図のもとに援助を惜しまなかつたと認めるのが相当である。

(三)  次に控訴人が本件売払契約にもとずき支出した費用もすくなからざるものがある。すなわち、<証拠>に前認定の事実をあわせれば、控訴人は本件売払契約締結前の昭和二五年五月すでに被控訴人から本件物件の売払のあるべきことを予想して長建設株式会社に対し本件建物の改造工事の設計依頼をし、これにもとずいて長建設が昭和二七年二月ごろまでにわたり現地につき前記のような困難な状況を忍びながら測量、設計をし、その図面だけでも約四五〇枚を作成したのであり、その費用として長建設に対し(減額を受けながらも)金六〇〇万円の支払債務を負担し、現に未払のままになつていること、控訴人は本件土地建物の清掃、監視のため合計六名の職員を本件土地の一隅に設置した管理事務所に常駐駐させて本件契約解除のころにいたるまでこれに当らせ、また銀行融資を求める必要上清掃会社に依頼して本件土地建物内に散乱していた鉄骨、ケーブル線等の取片付けをした来た、以上の事実を認めることができる。したがつて、控訴人が本件契約にもとずき本件建物の改造工事の準備行為として支出、負担した費用は相当の多額に達すると認めるべきである。

(四) しかして本件売払契約後被控訴人の催告から契約解除にいたるまでの外形的経過に関する事実はいずれも前記一に認定した。そこで、さらにこの間の経過を立ち入つて審査するに、<証拠>に前認定の事実および弁論の全趣旨をあわせると、次のように認めることができる。すなわち昭和二六年一〇月ころにいたつて近く本件物件につき賠償施設指定並びに本件機械につき賠償指定の解除がある予定とのことが新聞紙上に発表されたので、折柄銀行融資の道をとざされて困却していた控訴人は三井不動産株式会社の常務取締役江戸英雄に第一回分納金の融資を依頼し、江戸常務から融資の承諾を得た。そのころ控訴人は被控訴人の同年一〇月二六日を期限とする催告を受けたので、三井不動産の援助が得られる見とおしがあることを告げて期限の延期方を懇請したところ、被控訴人側ではこれを了とし同年一一月七日までの延期を承認し、右期限にも支払がないときは契約を解除すべき旨書面で通知した。しかるに控訴人は右期限にも間に合わなかつたので同年一一月九日控訴人協会岩沢理事長は林理事らとともに三井不動産の江戸常務をともない関東財務局に出頭し、財務局長井上義海に対して林らとともに三井不動産が融資承諾をしたからしばらく支払を猶予されたい旨を申入れ、江戸常務もその旨口添えした。そこで井上局長も、三井が援助するのであれば安心だから、待つ、との言質を与え、一応再度期限を同年一二月二〇日に延長した。そのころ三井不動産の会社内部においては同年末ころまでには第一回分納金はもちろん将来依頼されることのあるべき第二回分納金の融資もこれを承諾するとの態度を決定していたが、年末にあたり資金需要が多く、なお具体的な融資の運びにいたらない内に再度の期限も経過した。しかし控訴人としてはすでに三井不動産が承知して被控訴人の面前でこれを確約した以上今度こそは間違いないものとして安心するとともに、納期の多少の遅延は約旨の遅延損害金によつて補填されるであろうとして、引き続き融資手続の促進をはかつていた。しかるに、林、江戸らの右申入当時国は講和条約発効を目前に控えて駐留軍宿舎に提供すべき大規模な建物を物色しており、すでに本件建物もその候補のリストにのせてあつた関係上、大蔵省内部においてはたまたま本件土地建物について控訴人の第一回、第二回分納金の支払が遅延していて未決の状態にあつたところに着目し、当初の方針を変更し、控訴人が再度延長された期限を徒過するや直ちに右売払契約を取りやめるため本件契約解除を決し、担当機関たる関東財務局長にこれを命じ、同局長は前記のとおり控訴人に対し契約解除の通知をした。しかしその到達が遅延し、控訴人は大蔵省内部におけるかような意見の変更があるとはまつたく知らず、三井不動産から調達を受けた資金をもつてようやく昭和二七年二月七日帝国銀行本店国庫代理店に第一回分納金と延滞利子(但しこれがいかなる利率により、いかなる期間に対応するものかは分明でない。年利九分とすれば一〇数日、日歩五銭とすれば五日内外のものに当る)を納入することができたが、被控訴人からすでに契約の解除後であるとして納入金を返戻された。控訴人理事らはそれまですでに解除の書面が出ていることは全く知らず(翌日前記経緯により現実に了知)事の意外に驚くとともに、長期にわたる努力が水泡に帰したとして大いに慨嘆した。以上のように認めることができる。<証人A>は、第一、二回尋問を通じて右契約解除前には本件建物を駐留軍宿舎に提供するとのことを聞いたことがない旨を供述し、<証人B>も同旨の供述をしているが、これらの証言は<証人C>中これと反対趣旨の供述に照らして採用することができない。その他に右認定を妨げる証拠がない。右事実によつて考えれば結局において控訴人において第一、第二回分納金の資金調達がようやく現実化したやさきに目的達成の希望を奪われたものであり再度の延長についてもその期限内に支払がないときは解除されるべき旨附言されていることは前記証人<A、C>の証言によりうかがえるが、<C>証人の証言によればこれは慣例的なものであつて、むしろ随意契約による売払の場合に代金の納入がおくれていても会計検査院から非難事項として指摘されるようなことがない限り解除の手段をとることがほとんどなく本件の場合も会計検査院は代金納金が遅延している事情をよく了解して非難事項にはしていないことがうかがわれ、しかもこの再度の延期については前回の場合のような書面は作られなかつたものであり、もし右期間の徒過によつて直ちに契約が解除されるべきことが十分徹底していたとすれば翌二七年一月にいたつて三井不動産が前記融資を実行するさいに、すでに再度の延長期限の後のことであるから、あるいは本件契約は解除されているのできないか、少くとも解除されるおそれがあるのではないかを懸念するのが会社として自然であるのに、この点の顧慮をした形跡のないところからすれば、右再度の期限延長のさいは右期限を徒過すれば契約は解除されるとの警告はそれほど重きを置かれず、控訴人にも三井不動産にも十分納得させていないものと解するに十分であり、その上関東財務局長の前記言質もあつたことであるから控訴人において右契約解除が突然の、不意打ちであると感じたとしてもあながちこれをとがめることはできない。

六前段認定の諸事実を通じて考えるに、控訴人の代金支払の遅延したのは主として本件建物内に撤去不能というべき賠償機械が存在したからにほかならず、それにもかかわらず本件売払契約を締結せしめたについては被控訴人も一半の責任を分担するのが当然であつて、その代金支払の遅延については宥恕すべき十分の理由があり、現に被控訴人も控訴人の事業目的を助成するとし、従来相当好意的な態度を持して来たのであるのに、控訴人がようやく資金調達の方途を掴むに及んで他に転用するためにわかに右態度を改め、支払遅延を理由として契約を解除し、控訴人の長期にわたる努力を無に帰せしめ、本件売払契約にもとずき支出した経費はもちろんその存立の基礎をすら根底から奪うにいたつた措置は契約に定めた解除権の行使としても、催告にもとずいてした解除権の行使としても、とうてい社会的妥当の範囲内に止まるものとはいい難いと断ぜざるを得ない。特に本件の場合従前から支払猶予をかさね、かつ関東財務局長が前記のころさらに支払を猶予するから納入を期待する旨を言明しているのであるから、すでに強力な応援者を得た控訴人側が被控訴人のこれら従前の寛容にあえて狎れるといわずとも、相当信頼していることは当然であり、そのことは被控訴人も熟知しているのであるから、もし真にこの再度の延期を最後として不履行により直ちに契約解除の措置に出ようとするのであれば、右延長のさいその旨十分相手方に撤底せしめ、要すればその旨の請書を徴するか、その後において期間経過の事前に再度警告を発するか、それらのいずれをもしないならばさらに今一度相当期間を定めて催告する等の措置を講じて、控訴人をして万一にもその最終の機会を逸して悔を千載に残すようなことのないようにするのが国としてとるべき当然の措置であり、これこそが信義誠実の原則の要求するところというべきである。しかるに、被控訴人がかような措置をとることもなく、本件契約解除の意思表示をしたのは民法第一条第二項にもとり結局その効力を有するによしないものといわなければならない。

七したがつて、被控訴人の本件契約解除の意思表示はその余の争点につき判断するまでもなく無効であり、本件売払契約は存続するものというべきであるから被控訴人は控訴人に対し控訴人からすでに履行期の到来した本件代金七、九六八万三、一四三円の受領と引換えに本件土地建物につき昭和二五年一一月八日附売買による所有権移転登記手続をすることを求められればこれに応ずべき義務があることが明らかである。

されば、控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきであり、これと異なる原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。よつて、民事訴訟法第三八六条にしたがい原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(浅沼 武 間中彦次 柏原允)

甲第一号証

契  約  書(写)

関東財務局井上義海(以下甲という)は国有財産の売払に関し財団法人日本文化住宅協会理事長岩沢忠恭(以下乙という)と左記条項により契約を締結する。

第一条 売払物件及び代金は次の通りである。

所在 武蔵野市関前字八幡付一五ノ七

種目 工場建(工作物を含む) 参万四千七百九拾壱坪七勺

数量、宅地 弐万参千壱百八拾七坪八合

代金 七千九百六拾八万参千壱百四拾参円

第二条 本契約を締結した後売払物件の数量に差異があつたり瑕疵があつたりした場合でも甲はその責に任じない。

第三条 乙は本契約書の送付を受けた後一週間以内にこれを甲に送付し又甲の発する納入告知書によつて指定期間内に買受代金の内第一回納入金(壱千九百六拾八万参千百四拾参円)を納付しなければならない。

第四条 売払物件は前条の金額を納付した日を以つて別に何等の手続を用いず完全に乙に引渡したものとする。

第五条 売払物件については所有権移転登記と同時に売渡人のために別紙の担保物件につき民法第三百四十条に依り先取特権の登記を為すものとする。

第六条 売払代金の残金六千万円については左記売払代金年賦延納年次表に基き甲の発する納入告知書により指定期間内に納付するものとする。

前項の納入金額に対しては年九分の利子を附するものとし尚納入期日に納付しないときはその翌日から納付に至る日までの日数に対し日歩五銭の単利計算による延滞金を徴収するものとする。

期限

毎期の納付額

利率

納付期日

摘要

三年以内

一〇、〇〇〇、〇〇〇円

年九分

二六・三・三一

二五、〇〇〇、〇〇〇円

二七・三・三一

二五、〇〇〇、〇〇〇円

二八・三・三一

第七条 本契約を締結した後物件引渡前に於ける天災其の他不可抗力による滅失毀損もすべて乙の負担とする。

第八条 乙は売払物件の引渡しを受けた日から申請の目的に従つてこれを使用するものとする。

第九条 甲は乙が本契約の義務を履行しないときは無条件で本契約を解除することが出来る。

第十条 前条によつて契約を解除した場合これによつて甲に損害を生じたときは乙は甲に対し賠償の責に任じなければならない。

この場合の賠償額は甲の単独意思で決定する。

第十一条 売払物件内の賠償機械は甲及び現管理人と協議し管理保全に万全を期すると共に機械の移転その他の一切については乙の負担とする。

第十二条 本契約に関する費用はすべて乙が負担しなければならない。

右契約を証する為本書弐通を作成し双方記名捺印し各自其の壱通を保有する。

昭和二十五年十一月八日

売渡人    国

右契約担任官 関東財務局長 井 上 義 海

買受人

東京都中央区銀座八丁目三番地

財団法人 日本文化住宅協会理事長 岩 沢 忠 恭

目  録

一、東京都武蔵野市関前字八幡附一五の七宅地 二三、一八七坪八合

一、同所一〇の一所在(家屋番号第七二の二附属建物)

鉄筋コンクリート造地下室附四階建工場 一棟

建 坪 一〇、一四七坪〇四勺

外地階 四、二七八坪一合八勺

二 階 九、七三六坪五合七勺

三 階 九、七三六坪五合七勺

四 階 八九二坪七合一勺

以上

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